田中延尚の最近のブログ記事

めちゃくちゃ久々にスタッフブログを書くことにしました。

以前、何回かマシンガンズのことを書いたとき、予想外に反響(良いもの8割、悪いもの2割)が多く、少し自粛していたのですが、先日、マシンガンズの西堀から「マシンガンズ公認でいいから、どんどん宣伝してくださいョ」と言われたので、思い切って復活してみました。

芸暦11年目を超えて、ますますネタに磨きがかかってきました。

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最近のトピックスとしては...

お笑い芸人の中でもキャラクター商品が一番似合わないマシンガンズが、何を血迷ったか次のようなものを販売することとなりました。

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実際にマシンガンズが試飲をして、プロデュースした本格派コーヒーです。

彼らを昔から知っていますが、コーヒーにうるさかったとは初耳です。

確かにバイト中はよく缶コーヒーを飲んでいたことは覚えていますが...

(以前にも書きましたが、私が前勤めていた会社に彼らがバイトで入ってきたのが、彼らとのなれそめなのです)

そういえば、一度、バイト中に滝沢が飲んでいた缶コーヒーを、しらっと飲んだら「田中さん、俺のコーヒーなに無断で、当然のように飲んでいるんですか!」と、烈火のごとく怒られたことがあるが、これはコーヒーにうるさいと言うよりも、なけなしのお金で買った缶コーヒーに対する異常な執着としか思えなかった。

そんな彼らがDVDを2枚も出し、いかにもコーヒー通なていで自分達のコーヒーを売りに出すとは、その当時誰が予想できたであろうか。

値段は少し割高ですが、マシンガンズの味覚を一度試してみてはいかがでしょうか。

 

久々の銀座にて

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いつも休日は、家で料理を作ったり、ワインを飲んだりしているうちに、アンノンと過ぎてしまうことが多いのですが、その日は久々に出かけることになりました。

「そうだ!銀座へ行こう!」という、まるでJRのCMみたいな気分にさせたのは、現在の仕事場が地元にあるせいか、行動範囲が年々狭くなっていることを痛感したからです。

昔は銀座のホテルで勤務していたので、いわゆるこのエリア(有楽町・日比谷・東銀座も含まれます)は毎日のように飲み歩いた場所であり、若き日々の思い出の街でもあるのです。

当日はあいにくの雨

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とりあえず昼ごはんを食べようと向かったのが「銀座東武ホテル」のランチビュッフェです。

ここは始めて行くのですが、決め手となったのはその値段の安さ!(ステーキとローストビーフも食べ放題で、大人2,000円。クーポン券使えば1,800円)

ホテルビュッフェでこの値段なので、大して期待できないと思いましたが、やはり先立つもの(¥)には勝てません。

40種類あるという料理は、値段を考えればいたしかたなしという料理も確かにもありました。(ステーキは少し硬かったですし...)

でも、ローストビーフは当たりでした。もちろん高価な肉質の牛肉は使用していませんが、火の通り具合が良かったので、柔らかく仕上がっていましたし、1枚のボリュームも充分ありました。

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私はこれだけ狙えば元が取れると思い、結果5枚食べることができました。(あさましい自分をお許しください)

但し、アルコール類はホテル価格でした。

食事を終え有楽町方向に向かう途中、かの超高級中華料理店の福臨門酒家があった場所を通りました。

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なんとカラオケボックスになっていてビックリ!!

今はビルの中に移転して、オシャレで清潔なお店になりましたが、自分個人的には昔ここにあったころの福臨門の方が好きです。

以前は重厚感があって、いかにも高そうな雰囲気をかもし出していました。(自分みたいな庶民にとっては、福臨門に行くこと自体が大々的なイベントでした)

お店には「ロオジェ」(フレンチ)のように変わって成功するパターンと、新しくなることで良さが薄れてしまうパターンがあります(福臨門はどちらに属するかは私には分かりません)

その後、ブラブラと銀座(有楽町・日比谷)を闊歩しましたが、昔はなかったブランドビルが新たに立ち並び、「以前とは随分変わったなぁ」というのが正直な印象です。

この銀座エリアだけはずっと変わらない、と自分勝手に思い込んでいたので、何故か寂しい気持ちで帰路につくことになりました。(しかし、三軒茶屋と比べ、不変的なところもたくさん残っているところが銀座エリアの良いところだと思います)

街の変化は別にして、やっぱり銀座エリアはテンションが上がります。

家でマッタリするのも楽しいですが、現在進行形も楽しいものだと久々に思いました。

生まれて初めてブログというものを書くこととなり、今まで徒然なるままに書き続けてきました。

この度、そろそろ更新しなければと思い、何を書こうか考えてみると、改めて自分の日常が無であることを痛感することとなりました。

当初は「書くことは何でもいいんだよ」などとアドバイスを受け、恐る恐る書き始め現在に至りますが、最近はその「何」すら無い日々を過ごしているなぁと実感しております。

なので今回は、自分に対してブログを書くということを試みようと思いました。

(自分自身へのブログなので、皆様には読まないという選択肢もあると思いますし、どちらかと言えばそちらをご推薦します。)

 

〇今までブログを書いて良かったこと(マシンガンズのくだり付き)

昔からの知人である、お笑い芸人のマシンガンズのことを広報すべく、記事に書いたところ、大阪のファンの人からコメントがよせられ、その人が東京までライブを観に来るきっかけを作れたこと。(微力ながらマシンガンズの知名度を上げられればと思い記事にしたのですが、見ている人は見ているんだなぁと驚きました)

自分より若いですが、ある意味で自分はマシンガンズを尊敬しています。(勿論、こんなことは彼らには言ったことはありません)

彼らを見ていると、人を笑わせるということは一番崇高な職業ではないかと思います。

思っていたよりもお客さんに笑ってもらえなかったとき、彼らはものすごくへこみます。

普段はチャランポランでも、人を笑わせることについては本当に真剣に考えています。

長いことお金が無い時代を過ごしていながら、あきらめずに続けていたのも、金銭を超えて人を笑わせる職業が好きだったからだと思います。(売れない頃の給与明細を見たことがありますが、想像を超えた安さでした)

そう勝手に思い込んでいたので、彼らには少しでもメジャーになってもらいたいと思い書いた記事なので、反響があったときは嬉しかったです。

〇ブログを書いていて困ったこと

自分のような一般ピープルが書くブログなど本当に読む人がいるか、今でも半信半疑なので、書くときにはせめて特別な事件を書かねばとの思いが強くなりました。(だって、こんな一般ピープルの日常なんて、普通に考えれば興味沸くはずないですよね)

その結果、ものを見るときに「ブログのネタになるか・どうか」という視点になってしまい、どうしても不純な目になってしまうので困っています。

 

書くことを決められないのは、特別なことが起こらない日常のせいでなく、きっと自分に原因があるのでしょう。

今年の2月に、17年間自分の心の支えとしてきたものをなくしました。

今でも家に帰ると、つい癖で階段の上を見上げてしまいますが、そこには自分を出迎えるものは誰もいません。

食事も邪魔されないので、ゆっくり食べられるはずですが、何を食べてもあまり美味しく感じなくなりました。

しかし、今でも心が折れていることを周囲には気付かれるわけにはいきません。(それが社会人の宿命なのです)

幸い自分には「愛想笑い」という必殺技があります。

加えて、「感情を表に出さない」という最終兵器も身に付けています。

歳をとるってこんなこと?自問自答とはまさにこのことです。

でも、こんなことを書いているうちは安心です。(本当に何かを考えている人は、心の奥に秘めていて、こんな文章にして人の目に付くようなことは決してしないからです)

 

 

本当に久々のブログ更新となりました。

気にはしていたのですが、あまりにも変化がない日々を送っていたので、書こうにも書けずにいました。

本題に入りますが、先日、恒例のワイン会を開催しました。

持ち込んだワインに合わせた渾身の料理をシェフに提供して頂いたので、その料理を是非にもご紹介したくなり、ブログに書くこととなりました。(お店は以前にも紹介いたしました、赤坂のオゥレギュームというお店です)

まずは当日の3本のワインからご紹介!

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サン・トーバン・プルミエ・クリュ・レ・フリオンヌ 1985年 ドメーヌ・クレージュ

熟成感たっぷりの白ワイン。蔵出しなので、保存状態は信じられない位に完璧でした。

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アルザス・ピノノワール・グランアッシュ 2000年 ドメーヌ・アルベール・マン

アルザスの中では非常に濃いワインを造る造り手です。ブルゴーニュと変わらない果実味と濃い色。

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ペンフォールド・マギルエステート・シラーズ 2004年 

フランス以外のワインを持ち込むことはめったにしないのですが、初めてオーストラリアのワインを持ち込みました。単一畑のブドウを丁寧に仕込んだからでしょうか、シラーズにしてはエレガントなワインです。

これらのワインに合うようにシェフが考えてくれた料理をご紹介します。

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アミューズ:ニンジンのピューレ ホタテのムース乗せ

ブイヨンが効いていて、ニンジンの甘さととても合っていました。

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冷たい前菜:鴨とフォアグラのテリーヌ

熟成白に合わせた濃厚な逸品。前菜だけれどもとてもボリューミー。

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温かい前菜:キノコのブレゼ

色々な種類のキノコの上に生トリュフのスライスが乗った贅沢品。皿の底に溜まったキノコ汁が美味しかったです。

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魚料理:め鯛のポワレ

さっぱりした豆入りのクリームソースと、上に乗っていた焼きチーズで、アルザス・ピノとのマッチングを考えてくれました。

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メインの肉料理:子羊のロティ

見てください!このボリューム!まるで「初め人間ギャートルズ」の肉のごとし!とても柔らかく、三つの部位を盛り合わせてくれたので、味に変化があり、この量でも最後まで美味しく食べることができました。

この後、デザートも出ましたが、写真に撮るのを忘れてしまいました。(野菜フレンチのお店なので、牛蒡のアイス等野菜を使ったデザートが定番です)

見てお分かりの通り、この日はすごいボリュームで、食べきれない人もいたぐらいです。(もちろん私は残さずたいらげたことは言うまでも無く、食べきれない人の分まで受け持ちました)

お料理はいつもお任せで頼むのですが、シェフにはいつもサービスして頂き、毎回感謝しております。

夜はサービスの質を重視するため、お客さんの数を限定しているので、いつも予約で一杯です。これほど志しの高い料理屋は最近少なくなったと思います。

料理はもちろんですが、シェフの心意気に引かれてリピートし続けております。

唐突ですが、私は不動産の仕事をする前はワインの仕事をしていました。

現在は、趣味としてワインをたしなんでおります。

昔のワイン仲間と、2ヶ月に1回位のペースで、ワインが持ち込める赤坂のフレンチレストランに、自宅のセラーに眠るワインを持ち込み、ワイン会を行っています。(カジュアルですが、このレストランが本当に良いお店で、料理が美味しいだけでなく、お店の接客に対する姿勢が素晴らしく、ずっとリピートし続けています。ちなみに、オゥ・レギュームというお店で、夜が特にお薦めです。予約は必須です。)

仕事でワインを扱っているときには、少量でも数が確保でき、ワインリストに載せられることを前提に買い付けていましたが、趣味となった今ではよりマニアックな世界へとはまり込んでいます。

先日、持ち込んだ中の1本に、下の写真のワインがありました。

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アルザスの異端児とされるジュラール・シュレールのピノ・グリ(ド・ターブル)2004

2004年に1樽だけ造られた、アカシアの新樽で熟成させた白ワインです。

1樽なので、世界で300本程度しかないワインです(他の年度はアカシアの樽を使用していないので、ラベルは似ていますが、色・味共に全くの別物となっています)

写真をご覧頂くと、グラスの中の色が白ワインとは思えない色をしていますが、この色は実物に忠実で、写真の色加減ではありません。(グラスの向こうが透けてみることができない位の色の濃さにビックリしました)

香りをかぐと、まさしく蜂蜜のような香りが中心となっていますが、とても複雑な印象を受けます。(飲む1時間位前に抜栓する必要があります)

香りが甘い為、味も丸いものと予想し口に入れてみると、恐ろしく強靭な酸に口中が支配されました。

ここまでパワフルで素晴らしいワインとは、正直予想しておりませんでした。

レア度で言ったら、私が今まで飲んだワインの中でベスト5に入るかもしれません。(試飲会・商談会も含めますと、少なく見ても7千種位は飲んでると思います)

このワインとの出会いは、今回が最初で最後になる可能性が非常に高いと思い、感動を忘れないようにする為にブログに書いてみました。

たぶんワインに興味が無い人は読んでいないと思いますが、ブログを書くたびに一貫性が無い記事を書いてしまう私を、どうか皆様お許しください...

以前、私の友人にマシンガンズという太田プロ所属のお笑い芸人がいることを書きましたが、先日のお笑いライブで久々に1位(出演者18組中)になりました!

1位おめでとう!

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ライブ終了後に撮影(この日のネタは輝いていました)・ちなみに真中が私です。

 

お笑い芸人には、ライブ向きとテレビ向きに分かれると思いますが、彼らは典型的なライブ向き芸人だと思います。

最近、ちょくちょくテレビで見かけるようになりましたが、ネタ以外では、ライブの時ほどのの実力は発揮していません。(すまない!)

 

以前ブログでマシンガンズを紹介した際に、本当は良い奴なんだ...ということを書きましたが、ヒール役に徹している彼らにとっては、逆に営業妨害となるみたいです。(自分達がどれだけ皆から嫌われているかということを、よくネタにします)

ただでさえ、ファンレターには必ず返事を書いたり、どんなところでもサインや握手を嫌な顔一つせず快く応じる姿から、お笑い好きの間では、「マシンガンズは本当はとても良い人」という都市伝説が流れているというのに...

私も友人の一人として、マシンガンズの評判を少しでも落とさなければ、という指名に燃え、次の写真を掲載します。

<極悪非道なマシンガンズ西堀>

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結成10年を超え、もうM1にも出場できなくなってしまいました。(出場時は全て準決勝進出でした)

もう後戻りができない年齢にもなってしまいました。

どうにか、このキャラで芸能界を末永く生きていってもらいたいと、心から祈っております。

 

最後に、お笑いファンでこのブログを見ている人は、100%いないと思いますが、もしも万が一いましたら、ご希望の方1名に、マシンガンズのサイン入りDVDをプレゼントします。

(まず応募は無いと予想していますが、もしも複数の募集があった場合には厳正なる抽選とさせて頂きます)

 

 

今回は、日曜・祝日の歩行者天国には多くの人が遊びに繰り出すこともあり、現在は三軒茶屋のメインストリートとなった感のある、茶沢通り(私の世代では、三軒茶屋銀座通りと呼ぶ方が自然ですが...)についての昔の思い出を描きたいと思います。

とは言うものの、地下鉄が無い時代では、地下からそれぞれのエリアに容易に行き来できることがなく、おまけに昔の歩行者天国は閑散としたもので、わざわざ遊びに行くという感覚は当時はありませんでした。(他のエリアと比べ印象が薄くてどうもすいません)

昔の茶沢通りにはメインとなるデパートが2件ありましたが、どちらも繁盛しているとは言いがたいものでした。

一つは「名鉄ハニー」というデパート(現在の太子堂出張所が入っているビルのところでした)で、最上階がオモチャ売場で、最上階にはちょくちょく行ったので印象があるのですが、それ以下の階が何売場だったかは一切記憶にございません。

屋上はテーマパーク(と言うほどのものでは...)だったのですが、あまりにも魅力的でない為、一度も利用することなく閉店となってしまいました。

その「名鉄ハニー」の斜め向かいには「ミドリヤ」(現在の西友の建物です)というデパート(?)があり、「名鉄ハニー」以上に閑散としていた印象があります。(平日などは、ミドリヤの中の目的地に着くまでの間、他のお客と一度もすれ違うことがない、なんていうことも日常茶飯事でした)

紳士服等が売られていたと思いますが、あまり記憶に無く、唯一、地下に降りていく階段の途中に、当時大変高価であった一眼レフカメラがディスプレイされていたことを覚えています。

その他では、茶沢通りの入口のビルの地下(現在は、「坐・和民」が入っているところです)には、スーパーマーケットの東急ストアが入っていましたが、居住エリアの違いから2回位しか行ったことがないので、印象に残るものがありません。

以上の3件が当時の茶沢通りでは比較的大きな施設だったと記憶しています。

茶沢通りの特徴としては、個別の店舗については、昔から変わらず継続して営業している店舗が多く、地に足が着いた経営をしている印象が強いです。

一方で、入れ替わりが激しいお店も多く、店舗によっては頻繁に開店・閉店を繰り返しているという、二極化現象も見られます。

昔の茶沢通りの大型施設には、あまり魅力的なものはありませんでしたが、個別の店舗については、非常に印象深いお店が何件かございました。(私が愛したお店に限って、現在はなくなっているというところが皮肉ですね...)

次回の後編では、茶沢通りに昔あった愛すべき個別店舗について、お話をしたいと思ってます。

それでは、次回は、よりディープにせまります。

 

前回、前々回と、2回続けて昔の栄通りの様子を描きましたが、最近(20年位前まで)の三茶しか知らない人達には、昔は栄通りが三軒茶屋のメインストリートだったということが、どうしても理解できないというご意見を頂戴しました。

補足ではございますが、栄通りが栄えていたのには、ちゃんとした訳があます。

当時、三軒茶屋には大学がいくつかあり、その学生が三軒茶屋の繁栄をある程度支えておりました。(いわゆる大学生の街、もしくは大人のジモティーの街的なイメージが当時は強かったです)

いまは昭和女子大(この大学は、昔は規律が厳しく、授業終わりに三茶で遊ぶ人はほとんどいなかったので、繁栄とは無関係です)くらいしか残っていませんが、当時は日大農獣医学部(現在は神奈川の六会)、明治薬科大学(現在は清瀬市)があり、どちらの大学生も通学に際し、栄通りを通る為、時間帯では学生で通りが一杯になっていました。

当時、玉電が廃止となり、バス便が主流の三軒茶屋(他所からわざわざ三軒茶屋に遊びに来る人などいない時代でした)において、外から人が来る(学校があるからしゃーないですよね)唯一の場所が栄通りでした。

人が居ることは、当然、活気につながるのです。

それほど一時期の三茶は、活気を欠いていました(小学校の授業で、先生が、昔は三軒茶屋が世田谷区で一番栄えていたことを力説したうえで、今は下北沢にすっかり追い越され、見る影も無いと、いたいけな子供達に向かい愚痴っていたことを覚えています)

ここまで書いて、分かったのですが、今回は食べ物の話が一切出てきておりません。

やればできるもんだ!と自分で自分を誉めたい気分です。

実は、今回は三軒茶屋銀座通り(現在の茶沢通り)について書こうと思い、作成ページを立ち上げたのですが、栄通りの補足でお腹一杯になってしまいました。

三軒茶屋銀座は次回のお楽しみにしておきましょう。

それでは皆様おやすみなさい。

私の友人(歳は私より若いですが)にマシンガンズという、太田プロ所属の二人組みのお笑い芸人がいます。

最近は、「おもいっきりドン」(日本テレビ)の火曜日のレギュラーになったり、3週間に1回の割合で「爆笑レッドカーペット」「エンタの神様」に出演しているので、ご存知の方もいらっしゃると思います。(他に「エンタの味方」(TBS)のレギュラーや、毎週土曜日の昼にはFMラジオのメインパーソナリティーもやっています)

私の昔の職場で、アルバイト(マンションのダイレクトメール作成やチラシの投函等)として働いてもらったことが彼らとの付き合いの始まりでした。

当時を思い出すと、現在の彼らの活躍がうそのようです。(売れっ子までもう一歩の位置まできていますが、約1万組のお笑い芸人がいる中で、ここまで来るのは大変なことなのです)

当時の彼らは、ギャラは少なく(二人合わせて月2万円を切ることもシバシバ)、仕事もヒマなので、アルバイトで生活をつないでいました。

その時によくメシを喰いに行ったり、飲みに連れて行ったりしました。

井の頭公園で花見をしたこともありました。(昼の1時に集合して、終了したのが翌朝の8時という、かなりハードな花見でした。ちなみに財布に9万円入れていたのが、終了時には千円になっていました)

マシンガンズ滝沢.jpg こちらがマシンガンズ滝沢(現在は金髪です)

私は、どうにか彼らに売れてもらいたいと、その日のネタに観客投票があるライブには、6年位前から必ず行くようにして、彼らに投票し続けました。(昨日も行ったのですが、「仕事が増えてネタが作れない」と愚痴っていたわりには、21組中3位と見事な安定感を見せ付けました)

マシンガンズ西堀.jpg こちらがマシンガンズ西堀(現在はもう少し太りました)

現在のマシンガンズの芸風は、世の中の矛盾や、おかしな事、自虐ネタに対して、二人してツッコムというダブルツッコミという独自のスタイルとなっております。

いつも怒っているキャラなので、怖い人と思われ、あまり好かれる芸風ではありませんが、普段の二人の素顔はネタのときとは少し違っています。

大声でテンションの高い滝沢君(現在は金髪です)は、普段は本当に温厚な人物で、人付き合いも良く、とてもマメな人物です。(変な人や物にすごく興味があり、それを遠くから第三者の立場で見ることが大好きでした)

一方アウトロー的なイメージが強い西堀君は、ものすごい「気にしい」で、お客さんのネタへの反応が思ったようにいかないと、人一倍落ち込み、引きずってしまいます。(私のバイトをサボった時も、2日間も携帯に出ず、3日目にやっと電話があり、恐る恐るわびていましたが、2日間のインターバルをとって、私の頭が冷えた頃に電話をかけてくるところが彼らしいと思いました)

彼らが現在の芸風を生み出したのが2年半位前であり(それまではボケとツッコミを換えたり、色々と試行錯誤したり、悩んだりしている姿を覚えています)、年間10回行われる観客投票のあるライブで、7回も1位をとりました。(私はこのとき、これならいけるだろうと強く思いました)

いつも「早く売れるといいな」と私は彼らに言ってきましたが、今のように忙しくなると、昔みたいに飲みの行くこともままならず、メールや電話で「今度、飲みに行こうよ」と言うものの、しばらく実現できていないので、少し寂しい気もします。

でも、自分が応援している知り合いが成長する姿を、長年かけて追うことはやっぱり楽しいし、中々できるものではありません。(「たまごっち」のタマゴが成長するのを楽しむ気持ちが始めて分かりました)

頑張れ!マシンガンズ!昔と比べれば仕事はうんと増えたけど、まだ売れたというには早すぎる!

私が売れたと認めるまで、ライブに行って投票し続けてやるから、覚悟をしなさい!

彼らの芸風を極端に嫌う人も多いと思いますが、素顔はとてもいい奴らなので、彼らのテレビでの言動は多めに見て頂き、皆様も少しだけ応援して頂けたならば、田中はとてもうれしいです!

さてさて、前回に続きまして、栄通りの古き良き時代の風景を思い出してみましょう。

前回はちょうど中間地点(246を背にして)位まで進みましたので、その先へと進みましょう。

たしか左手にはハンコ屋があったと思います。

そのちょうど向かい位には、今は見ることすらなくなった「貸し本屋」がありました。(若人には信じられないかもしれませんが、娯楽の少ない時代には、本をレンタルするという商売がフツウにありました)

その先には「萩原マーケット」という集合食材店舗がありました(姿こそ変えましたが、今も同じ場所で、その当時と近い形態で続けています)。

向かって右側が青果(八百屋)で、夏場は冷蔵ショーケースに4分の1のスイカを冷やして売っていました。

向かって左側には肉屋があり、店頭では毎日、自家製餃子を焼きながら販売しておりました。

幼少の私は、ここの餃子を50個以上食べて、身動きが取れなくなったことを記憶してます。

さて、そろそろ栄通り商店街も終点に近づきました。

ちょうど出口の左側には「竹中庵」というそば屋があり、夏場はカツ丼+ざるそば、冬場は玉子丼+鍋焼きうどん、という黄金の自分定番があり、母親とよく利用させてもらいました。(この組み合わせだと、夏&冬ともにほぼ同価格となる、ことが大きな理由です)

そのそば屋の隣には、今も続く(というより今は三軒茶屋のパン屋の代表とも言えるほど有名になった)「あだちパン屋」があります。

当時は本当にここのパンをよく食べましたが、最近、思い出したように買って食べると、当時と同じ味に感動します。(ちなみに私が一番すきなのはハムエッグです)

ここまで書いて、ふと思ったのですが、前回・前々回ともに食べ物の話ばかり書いていることに気がつきました。

三茶に昔から住む人に、当時の様子を思い出してもらい、感慨に浸って欲しいと考えて始めた企画でしたが、内容は自分の胃袋の記憶ばかりとなる結果となり、脳ミソが胃袋と直結していることを痛感いたしました。

食を基本として記憶があるみたいなので、たぶん次もこのような内容になりそうですが、できるだけ偏らずに書く努力をします。

さ~て、次はどのエリアにしようか!お楽しみに~。(もしも読んでる人がいればの話ですが。)

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