生まれて初めてブログというものを書くこととなり、今まで徒然なるままに書き続けてきました。
この度、そろそろ更新しなければと思い、何を書こうか考えてみると、改めて自分の日常が無であることを痛感することとなりました。
当初は「書くことは何でもいいんだよ」などとアドバイスを受け、恐る恐る書き始め現在に至りますが、最近はその「何」すら無い日々を過ごしているなぁと実感しております。
なので今回は、自分に対してブログを書くということを試みようと思いました。
(自分自身へのブログなので、皆様には読まないという選択肢もあると思いますし、どちらかと言えばそちらをご推薦します。)
〇今までブログを書いて良かったこと(マシンガンズのくだり付き)
昔からの知人である、お笑い芸人のマシンガンズのことを広報すべく、記事に書いたところ、大阪のファンの人からコメントがよせられ、その人が東京までライブを観に来るきっかけを作れたこと。(微力ながらマシンガンズの知名度を上げられればと思い記事にしたのですが、見ている人は見ているんだなぁと驚きました)
自分より若いですが、ある意味で自分はマシンガンズを尊敬しています。(勿論、こんなことは彼らには言ったことはありません)
彼らを見ていると、人を笑わせるということは一番崇高な職業ではないかと思います。
思っていたよりもお客さんに笑ってもらえなかったとき、彼らはものすごくへこみます。
普段はチャランポランでも、人を笑わせることについては本当に真剣に考えています。
長いことお金が無い時代を過ごしていながら、あきらめずに続けていたのも、金銭を超えて人を笑わせる職業が好きだったからだと思います。(売れない頃の給与明細を見たことがありますが、想像を超えた安さでした)
そう勝手に思い込んでいたので、彼らには少しでもメジャーになってもらいたいと思い書いた記事なので、反響があったときは嬉しかったです。
〇ブログを書いていて困ったこと
自分のような一般ピープルが書くブログなど本当に読む人がいるか、今でも半信半疑なので、書くときにはせめて特別な事件を書かねばとの思いが強くなりました。(だって、こんな一般ピープルの日常なんて、普通に考えれば興味沸くはずないですよね)
その結果、ものを見るときに「ブログのネタになるか・どうか」という視点になってしまい、どうしても不純な目になってしまうので困っています。
書くことを決められないのは、特別なことが起こらない日常のせいでなく、きっと自分に原因があるのでしょう。
今年の2月に、17年間自分の心の支えとしてきたものをなくしました。
今でも家に帰ると、つい癖で階段の上を見上げてしまいますが、そこには自分を出迎えるものは誰もいません。
食事も邪魔されないので、ゆっくり食べられるはずですが、何を食べてもあまり美味しく感じなくなりました。
しかし、今でも心が折れていることを周囲には気付かれるわけにはいきません。(それが社会人の宿命なのです)
幸い自分には「愛想笑い」という必殺技があります。
加えて、「感情を表に出さない」という最終兵器も身に付けています。
歳をとるってこんなこと?自問自答とはまさにこのことです。
でも、こんなことを書いているうちは安心です。(本当に何かを考えている人は、心の奥に秘めていて、こんな文章にして人の目に付くようなことは決してしないからです)