今となっては茶沢通りこそが三軒茶屋のストリートの顔的存在となり、日曜日の歩行者天国では多くの人が繰り出していますが...その昔、三茶が陸の孤島であった時代には、栄通りこそが三茶の商業の中心地であったような気がします。(この意見には、太子堂に昔から住む人には異論があると思いますが、個人のたわごとということでお許しください)
三宿とうい当時「池尻デパート」くらいしかない地域から来た幼少の私は、その名のとおり栄えている商店街に心躍らせたことを覚えています。
それでは、当時の様子を246側の入り口から順を追って回顧と行かせていただきます。
栄通りに入ると、すぐ右側に酒屋がありました。その酒屋の建物の脇には、人がやっとすれ違えるくらいのすき間があり、小窓が設けられ「立飲みコーナー」になっていて、早い時間からおじさん達がワンカップ等を楽しそうに飲んでいました。
逆の通りの左側には、靴屋、今も残っているところがすごいレコード屋・眼鏡屋が並び、その先には「すし屋」「とんかつ屋」がありました。
この2件のお店にはよく食べに連れて行ってもらいました。とんかつ屋は三軒茶屋1丁目に引越して来て初めて食べに行ったお店でした。人生初のとんかつだったような気がします。
すし屋については、当時は、夜の11時半を過ぎると開いているお店はほとんど無い時代ということもあり、深夜に食事ができるのはすし屋くらいなので、夜遅い食事のときに母親によく連れて行かれました。(夜更かし・夜遊びの英才教育を幼いころから受けると、私みたいな大人になるのでご注意ください)
その向かいには、古くから今も続くお花屋、その先には八百屋(果物屋だったかもしれません)がありました。
皆様、ここで残念なお知らせがございます。
まだまだ勢いに乗り書きたいのはやまやまでございますが、ブログというのはこまめに更新することが大事というご意見も頂戴しておりますので、今回はもったいぶって(おい!誰も期待していないって!)、次の回にて続きとさせていただこうと思います。
たぶん誰一人として楽しみにしている方はいないと思いますが...次のブログをお楽しみに~
